La Sangre: Baseball in San Pedro


ドミニカ共和国が野球界の首都なのであれば、 サンペドロ・デ・マコリスは、
その何にあたるのか? ドミニカ共和国の、
南岸の隅にあるサンペドロは、 一見、なんの変哲もない街である。 教会、 街並み、 大西洋、 そして野球場。 けれど、誰もが口を揃えて
変わった街だという。 野球は、この街の「ラ・サングレ」。 血筋である。 その血筋こそが、ロビンソン・カノを
サンペドロに留まらせる… 一生。 血筋
— サンペドロの野球 — いつも言っているのは、
つまり— 野球をするチャンスを
くれたのがこの街で、 ここで育ち、ここで野球を教わった。 なので、 もし、自分になんの取り柄もなかったら
と、想像してみる。 僕はきっと、ここに住んで、
ここで働いているだろう? だとしたら、スーパースターになった今、 なぜここを去ったり、
この街を出る必要があるんだ? 僕は自分の街が大好きだし、 僕の人生があるのは、この街のおかげだ。 セバスチャンは、
大きくなったら何になりたい? 家族がお金持ちになって、 みななで一緒にいられるように、
野球選手になりたい。 そして、みんなが僕に
優しくしてくれるように。 もし、僕に野球がなかったら、
家族は決して、僕を愛してくれないから。 決して。 君は、大きくなったら何になりたいの? 野球選手。 なぜ? なぜって… いいことだから。 ホセ・カノ ベースボール・アカデミー サンペドロの子供たちにとって、
野球はすべてである。 そして、プロになるというのは、
ロビンソン・カノの道をたどるということ。 けれど、リトル・リーガーが
そのままメジャーへ行くわけではない。 サンペドロの空き地の次は、 ベースボール・アカデミーが待っている。 このスポーツをキャリアへと変える、
万に一つの可能性のために 青年たちが、ここに人生を捧げる。 街の郊外で、 ロビンソンの父であるホセは、 サンペドロで最も評判の高い
アカデミーを運営している。 ロビンソンに野球を教え、
その道へと導いたのは 父のホセだった。 はるばるメジャーまで、プロとしての
キャリアを培ったロビンソンが 家族の遺産を引き継ぐことを、
ホセは期待している。 私と同じように、彼も野球をすることが、
父親としての私の夢だった。 彼がフィールドで、ストリートの子供たちと一緒に
プレイヤーとして成長するのを見てきた。 彼のゲームがどんどん良くなるのを見て、
私たち家族からまた1人 野球選手が生まれるかもしれないと気付いた。 友人たちはいつも、「あの子は
メジャーリーグで活躍するよ」と、言っていた。 そこで私たちは、彼をトップへと導いた。
スーパースターへ。 子供の頃、おばあちゃんが
石でピッチングをしてくれた。 僕が成長する間、
母親はソフトボールの選手だったし。 母親もプレイヤーだったし、
父親も— 彼は、メジャーで一年間やって、 メキシコのチームでの4年間は、
いつも彼のゲームを観に行った。 血筋だと思っているよ。 父がよく、僕をセカンドベースに
おいたのを覚えている。 あと、ホームランを打つとお金をくれたのも。 彼は、いつもそうやって楽しくしてくれたし ホームランを打ったときは、
僕にとって大事だった。 彼はいつも言うよ、「僕は常に一番でいたい。
中途半端なプレイヤーにはなりたくない。 常に、平均以上のプレイヤーであり続け、 将来は、ホール・オフ・フェイムに入りたい」って。 それは、僕自身がものすごく
プライドを持っている部分でもある。 なぜなら、僕の育った場所は、
子供たちもティーンエイジャーも トライアウトのために
ものすごく頑張っている。 朝6時に起きて、車でティーンズ・
アカデミーのトライアウトに行って。 なんていうか、今は選手として振り返るんだ おかげで、ここまで来れたってね。 そう言えるやつになれたこと、 それを誇りに思っているし、 その分、謙虚でいられる。 けれど、サンペドロが特異なのは
一家族についてだけではなく、 この街の系統である。 この土地は、テキサスの
アマリロ市と同じ人口である。 それなのに、どんな小さな空き地でも、 恐らく一度は、メジャーリーガーが
野球をしているのだ。 80人以上のサンペドロの青年達が、
メジャーリーグ選手へと昇っている。 リコ・カーティー、 サミー・ソーサ、 アルフォンソ・ソリアーノと ロビンソン・カノに至るまで。 今、若いジェネレーションは、
スポーツ界の最高のステージに立つスターの座と、 野球によって一変する
人生を目指す。 サンペドロのすべての住民が、
ホセが血筋を引いていると知っている。 そしてそれを、彼の息子へと継いだことを。 今日、この街でトップの
有望選手の多くがここに集まり、 2人の男をメジャーリーグへと昇らせた
ホセに、その技術を教わろうとしている。 僕は、努力をするのは大好きだけれど、 14—5—6の若い頃っていうのは、 毎日、人一倍の努力が必要なんだ。 彼が僕にそういう
トレーニングをしてきたので、 「父さんは、やたらと僕に厳しいな」と、
思っていた。 けれど今は、感謝している。 彼の父親はここの監督で、
不可欠の存在なんだ。 僕たちは、自分らだけを
頼りにできるレベルではないから より上手くなれるよう、周りの人にも
サポートしてもらっている。 いいトレーニングをして、
シーズンに向けて準備をするために。 彼らがリトルリーグにいる間は
ほぼ必ず、 たくさんのスカウトマンが、 どのリトルリーガーを ほかより強いこのプログラムに
採用できるかを見ている。 そしてここに入ったら、私たちは
彼らを契約させるための準備をする。 イシードロ・カスティロは15歳で、 ホセ・カノ・アカデミーで
トップの有望選手である。 2人の医者を親に持ち 週5日間野球をするために、 通常の学業を諦め、 土曜日のクラスだけに参加することを決めた。 なぜ、親の後を継がずにこの道を選ぶのか? 答えは簡単。 彼の引く野球の血筋は、
なによりも重要だからだ。 彼がここへ連れてこられたのは、
彼が13歳の時だった。 なので、ここへ来て約2年で 彼の契約はほぼ決まっている。
7月の2日には、有資格者となる。 こっちで伸ばして、
ここで腕を交差するべきだ。 交差すると、
ピッチャーがここへ入れてくる。 また交差しているぞ。 ボールを触っちゃだめだ、いいな? 脚はこの前になければいけない。
こっちじゃなく。 ボールに触れる場合、それは、
お前自身が交差しているからだ。 触っているよ。 良くなった、ずっと良くなった。 彼には明るい未来が待っている。
彼は、いい3塁手だ。 彼には将来、メジャーリーグでの
活躍が期待できる。 疲れたか?
いいえ。 この高さに留まるよう、腕を上げるんだ。 もっと高く! 良くなった、かなり良くなった。 お前はかなり疲れている、私にはわかる。 よくやった。それこそが、
努力をして進歩するってやつだ。 それは、13の時に始まった。 おかげで、ものすごく努力をした。
僕のプレーを見て、気に入ってくれた人がいたんだ。 僕が血筋を引いているかどうかのトレーニングに
ついて、僕の父親と話してくれた。 フィールドに立つと、
彼はバットを持てと言った。 そして、最後に僕の父親に言ったんだ。 「あなたの息子は、血筋を引いている。」 すべてが僕をやる気にさせてくれる。
野球は僕の人生だ。 だから、毎日、毎日、より努力をするんだ。 夢を叶えるために、そして、
未来のロビンソン・カノになるために。 その道を辿りたいのは、イシードロだけではない。 この小さな町の中心にあるフィールドで、 2000人以上の子供たちがみな、 メジャーへ行くという夢を持って、
その隅という隅を埋めつくす。 そこの兄ちゃん、先頭に立っちゃだめだ。
みんなを怒らせるだけだ。 お前もだ。列の最後に並ぶんだ。 前へ進め、どんどん進め! 私たちがなぜここにいるかって?
子供たちをトレーニングするためだ。 明日の男たちをトレーニングしている。 素晴らしいプレイヤーにするだけじゃなく、
いい市民にするためにもだ。 よし、フィールドの周りを走るぞ。 必ずレーンの外側を走るんだ、内側じゃない。 行け! なぜ内側を走ってるんだ?
なぜだ? 野球は、私たちの血に流れている。 すべての父親が、息子への最初のプレゼントに
バットとグローブを与える。 ロビンソン・カノは、これらの
フィールドでトレーニングを積んだ。 彼が街のチームに加わったのは、
わずか12歳のときだった。 まだ幼かったが、 カノはすでに、彼特有の、
逆フィールドへ打つ手法に専念していた 彼は子供のときから常に、
飛び抜けたプレーヤーだった。 私たちは、カノが素晴らしい選手へと
成長するのを見てきた。 そして今や、北アメリカ全員の、
球界のアイドルとなった! 何千ものリトル・リーガー達が、 プロになるための初めの一歩を
踏もうと努力する中、 もう一人のサンペドロ生まれの男は、 学校の古い体育館で、彼の夏を過ごしていた。 彼の街の著名度を保つべく、
自身の力をつけるために。 今日は一段と厳しいな!
このあと斧でのトレーニングをするのか? 筋力を生み出すようなものだよ。 背中を中心に、体重が軽い場合は特に。 最終的には、ロビンソンも、
ずっと大きなサイクルの一部である。 彼が、ゲーム上の最も大きなステージで
光れば光るほど、 より多くのスカウトが、次のスターを
見つけようと、サンペドロを再訪する。 イシードロの家
サンペドロのダウンタウン これは、いつ撮られた写真ですか? 生後3ヶ月でした。 3ヶ月? その当時、彼が野球選手になると
分かっていましたか? 分かっていたように見えますけどね。 彼は常に野球をし、
練習を重ねていました。 没頭しすぎて自分を見失ってしまうので、
たいてい、彼を探しに行かなければなりません。 けれど、いつも近くの
この小さな公園にいます。 ここは、彼の第二の家なのです。 ここは、僕の家です。 ここで、ヴィティラ(野球に似たゲーム)を
してました。ここで。 棒と、大きめのボトルのキャップを使ってね。
誰かが投げて、誰かが打たなきゃいけない。 ボトルのキャップは小さく、
それを棒で打つ。 キャップが飛んでくるので、それを打つ。
ボールを投げられた時、 丸いボールだし、バットで打つので、
はるかにコンタクト性がいい。 高校のあと、大学に行くべきだと彼に言うと、 「いや、俺は野球をやるよ、母さん」
と、彼は言いました。 「いいえ、あなたは大学へ行くのです」
と、言いました。 ただ、野球をやりたいだけで、
彼にはまだ分からないのです。 すべてを神の手に任せようと言いました。 彼にすべてを導いてもらいます。 この国では、野球をするために
学校を辞める傾向があります。 あまりにも野球に集中しているからです。 けれど、必ずしもチームとの
契約ができるとは限りません。 なので、学校に戻らなければならないのですが、
それではもう遅いのです。 ロビンソンの弟のジョセリートは、
この家族の血筋を引くもう1人の子で、 現在、マリナーズのチームとの
契約の見込みがある。 僕はずっと、パイロットになるのが
夢でしたが、野球の血筋だったので、 僕自身もそれに専念し、
このとおりです。 そういう環境にいるので、
そうしたくなるのです。 ここはそこらじゅう、野球だらけです。 大半のサンペドロの少年らにとって、 野球は成人男性になるための
通過儀礼のようです。 野球でのキャリアが終わったときに、 大人としての人生が始まりだします。 大リーグ選手になろうと
夢見た頃もありました。 サンペドロ・デ・マコリスは、
「メジャーリーガーの家」として知られています。 私は大リーガーになりたかったけれど 神は私たちみんなに、
それぞれ違う素質と才能を授けます。 野球選手になる人もいれば、
ならない人もいる。 もしみんながプレイヤーだったら、
ファンがいなくなってしまう。 ファンがいなければ、チケットは売れず、 チケットが売れなければ、
選手はお給料を貰えなくなる。 これがドミニカ共和国の
野球人生における事実だが、 受け入れ難い事実である。 その時が来たら、彼らは
受け入れるべき時が来たのを 理解しなければならない。
このドミニカ共和国では、 選手をドラフトするのは
非常に難しい。 18歳はすでに、求められていない。 今は、16歳で、7月2日に
有資格者でなければならない。 そのため、ドミニカ共和国の選手と契約を
するのが、どんどん難しくなっている。 僕が17歳のとき、 ヤンキースに6度のトライアウトをした
僕には、まだチャンスがあって、 その最後のトライアウトが… そのチャンスを得たときだった。 有望選手は、すべての技術を
持ち合わせているかもしてないが、 本当に重要なのは、 トライアウトやスカウトマンの前で、
いいパフォーマンスをすることだ。 15歳のイシードロは、契約者として
最高の状態になるところだが、 ここのペースは速い。 18までに契約されなければ、 彼の野球人生は、
おそらく終わりを迎えることとなる。 イシードロは、その週の後半に
プロのスカウトたちの前で トライアウトを受ける旨を伝えられている。 思いがけないチャンス… 嬉しく思う。神に感謝したい。 今日は精神的な準備をして、明日、
自分のできる限りを尽くさなければならない。 そうして木曜日が来たときには、
いわゆる、好機を得る可能性がある、 眠たくなるようなサンペドロの木曜日だが、 イシードロにとっては、 人生を定める日となり得る。 スカウトたちに好印象を与えられれば、 7月の契約書にサインをする際に、
100万ドルの契約ボーナスが約束される。 そうでなければ、 チャンスを得るだけでも
苦しい戦いとなる。 名前は? イシードロ・カスティロ 身長は? 1m 85cm 体重は? 79kg 右利き?
はい。 よし、ありがとう。 俺は、彼を気に入っている。 俺にとっては、彼がこの中で最も有望だ。 うまくいって良かったよ。 勤めは終えた。 僕のやるべきことは。 夢を叶えられるのは、彼らなんだ 野球選手になるというね。 有望選手として、1発目のチャンスを得るのに
苦労したロビンソン・カノは、 イシードロが第一歩を踏み出せるよう、
その道を切り開くポートをした。 スカウトたちの目にかなえば、 彼は、早ければ7月にも
契約書を手にすることができる。 前例となる、ホセやロビンソンのように、
イシードロがメジャーへと昇れば 彼もまた、野球が血筋のこの街の、
新たなる輝かしい例となる。 そうならなかった場合、 彼はまた、 すべての青年が、野球をしているか、
していたかのどちらかであるこの街の、 よくある物語の一つとなる。 ホセ・カノは、息子のロビンソンを
スターに育て上げた。 けれどそれは常に、先人たちの
やってきたことをやるという意味だった。 だからこそ毎週、 この2億4千万ドルの男は、 今もなお、父親と一緒にイグアモ川を力漕する。 古びたボート上で、
フォームを保つ指導を受けながら。 なぜかって? それが彼の血筋だから。 これまでずっとそうであったように、 これからも、ずっと。

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